2004年版・追録15号は,安心・安全でおいしい農産物を生産するための技術にこだわりました。キーワードは「土壌診断」「生育診断」「施肥設計」。そのほかにも,カドミニウム問題の本質,対策,有機物活用の技術など実践的情報収録。
(1)土壌診断・生育診断を栽培現場で活かす:採土法,糖度計,硝酸イオンメーターなど,新しい診断手法と施肥設計技術を豊富な実例をもとに収録。
(2)カドミウム汚染を克服する:詳細な実態,規制の背景,実践的回避策,ファイトレメディエーション(作物による環境浄化)など充実。
(3)有機物を活かす:有機物の動態と機能,腐植・団粒構造の実相などの最新知見,家畜の尿の活用(水稲・養液栽培)。加えて,環境保全型農業の取組みを地域活性化に活かしている4事例収録。
あたり前のようだが,「施肥が病気を増やし,品質を低下させる」という話,じつは案外本気になって考えられていないようだ。そのことを教えてくれたのが,後藤逸男氏(東京農大)の「土壌のリン酸過剰と土壌病害の発生」(第5‐(1)巻)である。
◆リン酸過剰が助長する病気
後藤氏はこう指摘する。「リン酸過剰は畑の勲章」「黒ボク土だからリン酸が絶対に必要」と信じ切って,「リン酸を施用しないと気がすまない人」がなんと多いことか,と。
全国のハウス土壌156点を分析した後藤氏は息をのむ。可給態リン酸の上限値100mg/100g土を超えたハウスが80%以上,そのなかには500mg/100g以上のハウスが17%もあったからである。水溶性リン酸の平均が43mg/100gで,この値を10a当たりに換算すると(耕土15cm,仮比重1として),65kg/10a含まれていることになる。ついでに肥料の過燐酸石灰(過石)に換算すると,なんと約380kg/10aに相当するという。
こうした分析を経て後藤氏は,「リン酸過剰が土壌病害を助長している」と確信する。その結果,現在までのところで明らかになったことは,(1)アブラナ科野菜の根こぶ病,(2)ジャガイモそうか病の発生を助長するということ。さらには,(3)タアサイ萎凋病,(4)ウリ科のホモプシス根腐病についても研究がすすめられている。
詳しいメカニズムは本文を読んでいただきたいが,(1)根こぶ病については,過剰なリン酸が土壌コロイドに吸着されるために,本来は土壌コロイドが休眠胞子(図1)を吸着することで発揮していた抑止力が小さくなり(図2),根こぶ病休眠胞子を土壌全体に分散させてしまうためらしい。

(2)のジャガイモそうか病については,水野直治氏らが,酸性土壌中のアルミニウムイオンが病菌の発育を阻害するという報告があり(第5‐(1)巻「施肥法改良によるジャガイモそうか病対策」吉田穂積氏)。そのことからみて,「過剰なリン酸によるアルミニム固定」が起こり,そうか病発生を助長していると考えられるという。研究中の(3)(4)についても同様のメカニズムが働いているのではないかと指摘している。
なお,施肥と病害虫の関係については,渡辺和彦氏ら(兵庫県中央農技セ)による「無機元素による全身獲得抵抗性誘導」「作物の病害虫抵抗力への肥料の関与とその機作」(いずれも第2巻)など,大きな話題を呼んだ記事が収録されている。ぜひご覧ください。
◆食味向上効果で話題のケイ酸と苦土
病害虫抵抗性に関するケイ素の働きについては前述した渡辺氏の記事に詳しいが,昨年の追録14号そして今追録と,相次いでケイ素およびケイ酸,苦土についての最新情報を収録した。追録14号では,ケイ酸の生理作用について高橋英一氏(元京都大学)(第2巻)に,続々と登場してきたケイ酸質肥料について加藤直人氏(東北農研セ)に,苦土肥料について藤原俊六郎氏(神奈川農総研)(いずれも第7‐(1)巻「塩基性肥料」の項)に収録。
今追録では,安藤豊氏ら(山形大学)に水稲での研究をもとに,ケイ酸の食味向上効果,異常高温・日照不足時の品質向上効果などのメカニズムをまとめていただいた(第6‐(1)巻)。各種ケイ酸質肥料の使い方についても詳しいので,ぜひご一読ください。
「リン酸過剰」も含めた土壌の養分過剰や欠乏が今も改善されないのは,農家に土壌診断値の意味が伝わっていないということ。診断結果をいかに読み,いかに具体的な施肥改善策をたてるかがカギをにぎっている。今追録では,オーソドックスな土壌診断,新しい診断器具をつかった糖度計診断,硝酸イオンメーターによる診断(作物・土壌溶液)など,いくつかの診断方法を収録している。
◆診断結果を生きた数値に読み替える
どこでも行なわれている土壌診断も,その数値の読み方によって施肥対策は大きく変わってくる。特徴的な記事として,堆肥製造および経営コンサルタントの武田健氏(AML農業経営研究所)が提唱する方法がある。今回の追録では分析を頼むときの実践的な「土壌サンプル採取法(武田方式)」(第4巻)(図3)と,武田氏がかかわっている鹿児島県のキク栽培農家鳥越誠彦氏の事例を収録した(第8巻)。鳥越氏は化成肥料一辺倒→有機質肥料ボカシ→そして現在の武田方式へとその度に矛盾を乗り越えてきて,現在3年目を迎える。物理性,CEC(塩基交換容量)増強,塩基飽和度,塩基バランスをキーワードにした武田方式で,この冬は秀品率90%を達成した。このほか,武田氏の土壌診断に基づいた施肥設計法については,昨年の追録14号「武田方式診断と改善」(第4巻)に詳しい。

◆糖度計・硝酸イオンメーター・RQフレックス診断
糖度計診断では,茨城県のピーマン栽培農家原秀吉氏の事例である(第8巻)。「どれだけ細かい根(吸収根)を這わせることができるか」で収量と品質が決まると考える原氏にとって,土を掘らなくても根のようすを知ることができる糖度計は栽培期間中手放せない。基本的には「(1)生長点に一番近い展開葉,(2)それと最下葉の中間の葉,(3)最下葉のそれぞれの葉柄,(4)花粉がまだ出ていない花びら」の4か所の糖度を測る。下から上に向かって糖度が高くなっていれば「正常」(根は健全)と見る。具体的には,育苗時は,上葉4,最下葉2,根が2くらいの糖度がベストと見る。そして,定植後の生育を三つの段階に分けて,それぞれ原氏自身の経験に基づいた数値を基準にして対策を打つ。
硝酸診断については,硝酸イオンメーターを利用した北海道のダイコン栽培農家(有)大石農産の事例(第8巻),そして,多肥が問題にされるセルリー栽培で,RQフレックスによって土壌溶液中の硝酸イオン濃度を測って施肥管理する鈴木則夫氏(静岡県農試)(第6‐(1)巻)の研究成果を取り上げた。20haのダイコンを栽培する(有)大石農産では,ダイコンの硝酸態窒素含有量が多ければ多いほど軟腐病と曲がりが発生することに注目し,毎日測り続けて生育ステージごとの適正値をつかんでいった。硝酸値が一番高い外葉を測り,生育初期~中期までは2,000~3,000ppmで推移させ,収穫間際で500ppm以下まで落とすという手法である。有機肥料,米ぬかなども配合した自家製リン酸ボカシ肥料,液体肥料など施肥もユニーク。有機物を有効使用するために独自の播種施肥機も開発して,10a当たり500ケース出荷の安定経営である。
鈴木氏の研究は,作物栽培中に土壌を破壊することなく土壌養分を簡単にしかも迅速に把握する方法である。土壌養液採取装置をうねの肩に埋設し,灌水した翌日に吸引して土壌容器を採取し分析する。なんとこの方法により,施肥窒素82kg/10aの慣行施肥に対して,約40kgという施肥量でも収量は変わらなかったという。
◆変化を追い,変化を読み解く
土壌分析を続ける良さは,積み重ねた数値の変化によってその圃場の状態を読みとることができることにある。そんな強みを遺憾なく発揮しているのが,良質のトルコギキョウ産地として注目を浴びているJA北つくばである(図4)。以前は外部に依頼していた土壌分析を自前で行なうようになり,組合員一人一人,一つ一つのハウスの土壌の変化が見えてきた。ある診断値に基づいて行なった施肥の記録,作物の出来などを重ね合わせながら最前の施肥対策を行なう。

キクでの例をあげると,カリ過剰の土壌(>70mg/100g乾土)ではさび病の発生が目立ち,薬剤散布しても治癒率が悪い。リン酸が100mg/100g乾土を超えているハウスには生理障害が多かった。
施肥改善の指針も明快である。塩基飽和度にとらわれることより,むしろ塩基バランスの維持に努める。まずは成分重量比で,カリ:苦土=1:3を基本にする。拮抗関係にある苦土と石灰は,苦土:石灰=1:4~5。土壌pHを調整したうえでのバランスである。同じホウレンソウハウスでの土壌分析と施肥設計の記録を紹介しているが,そのときにどんな肥料を使ったかによって,診断数値は大きく変化する。ケイ酸カリ肥料の使い方も見事である。
土壌診断を軽視する人も多いが,土壌の採取から診断結果の読み方,生育診断との重ね合わせがあれば,的確な施肥設計に結びつく好例を収録した。
昨年の追録で収録したカドミウム汚染だが,昨年暮れに開かれたカドミウム土壌汚染対策の国際会議での最新情報を盛り込んで,今追録で内容をさらに充実させた(第3巻)。
◆Cd汚染の本質――人・土壌・作物
今追録で,重金属による土壌汚染の第一人者である浅見輝男氏(元茨城大学)に,カドミウムを中心に,わが国での重金属汚染の歴史,汚染の原因と実態,イタイイタイ病や腎臓障害などの人体への影響,規制値決定の裏話など,じっくりとまとめていただいた。昨年収録した樋口太重氏にも,コーデックス委員会のその後の展開も含めて,今回最新の情報に改訂していただいている。
コーデックスで検討されているカドミウムの基準値案は,精米で0.2mg/kg,小麦粒0.2mg/kg(ふすまおよび胚芽を含む),ダイズおよびピーナツで0.2mg/kg,野菜(果菜類)0.05mg/kg,葉菜など0.2mg/kgなどで検討されている。もっとも問題とされているのが,米とダイズである。
◆稲作,野菜でのCd吸収抑制技術,汚染土壌の浄化技術
小野信一氏(農環研)に,栽培の面から水稲作でのCd吸収低減技術の最新研究成果をまとめていただいた。その要点は,
(1)安全な落水限界期日は出穂後25日頃(土壌の還元状態を維持)
(2)土壌のpHを中性からアルカリ性に(ケイカルおよび熔リンの施用)
(3)ALC(多孔質ケイカル)の施用
など。詳しくは本編をご覧いただきたい。
一方,植物を利用した浄化技術(ファイトレメディエーション)の研究もすすんでいる。夏作ではソルゴーの仲間の可能性が明らかとなってきている(伊藤正志氏 秋田農試)。
また,コシヒカリは世界的に見てもCd吸収量の少ない品種であることがわかり,現在,吸収量の多いイネの品種による汚染浄化技術にむけて研究が進められている。ダイズについても新知見が出てきている。
今年の11月から,家畜排せつ物法による罰則規定が発動する。家畜糞尿からいかにして良質の堆肥を製造するか,またその堆肥および尿をどう作物栽培に活かしていくかが大きな課題となっている。
◆ 豚尿・牛尿のイネ・トマトへの利用技術
堆肥づくりはできても,残るのが尿の処理である。今追録では,イネ栽培への豚尿の利用技術,トマト栽培への牛糞尿の液肥利用技術を収録した(第6‐(1)巻)。
安西徹郎氏(千葉農総研セ)は,豚尿現地での試験をもとに実践的な施肥方法を提示してくれている。豚尿にはアンモニア態窒素とカリが多く含まれている。前年の秋に豚尿4.5t/10a,翌年作付け前に基肥には高度化成(14-14-14)10kg/10aを施し,最長稈の幼穂長が1~4.5mmのときに豚尿を追肥として利用する試験である。結果は図5のようであった。また,その散布するための自作器具がユニークである(図6)。


遠藤昌伸氏ら(静岡大学)は,牛糞尿を処理した液肥を,トマトの土耕および砂耕栽培で灌水同時施肥として利用する試験結果を報告している。
◆施した有機物は土壌中でどうなるのか?
土壌に施された有機物はどう変化し,土に作物にどんな役割を果たしているのか? 有機物施用によって発達するといわれてきた団粒構造の実態はどうなっているのか? 腐植とは何なのか? その働きとは? そうした問いに答えてくれる労作が,青山正和氏(弘前大学)の「農耕地での土壌有機物の動態と機能」(第1巻),「腐植」(第4巻)である。マクロ団粒とミクロ団粒の存在と動態,そこに施した有機物がどうかかわっているのかなど興味深い。「腐植」という言葉についても,じつに丁寧にまとめていただいている。
そのほか今追録では,地元の米ぬかを使ったボカシ肥で良質・安定多収を実現している北海道新篠津村クリーン農業推進センターの取組み(堀下弘樹氏 同センター),家畜糞尿や野菜くず,米ぬかなどをたくみに活かした,宮城県の南方町水稲部会(黒田倫子氏 迫地域農業改良普及セ),千葉県の農事組合法人農業資源活用生産組合(伊澤敏彦氏 株・イー・エス・アイ),山梨県の小林牧場(西村良平氏 地域資源研究会),高知県のJA土佐れいほく(長野進氏 JA土佐れいほく)などの先進事例を収録した。環境保全型農業への地域的取組みを販売に結びつけ,地域に新しい展開を生み出しているのがそれぞれ大変魅力的だ。
臭化メチルが使えなくなる日(2005年)が近づいてきた。今追録では,農薬による土壌消毒の代替技術として,「土壌還元による下層土消毒法」(新村昭憲氏 北海道道南農試)を収録し,「熱水土壌消毒」の改訂(北宜裕氏ら 神奈川農総研)を行なった(第5‐(1)巻)。
「土壌還元による下層土消毒法」は,ネギの根腐萎凋病の対策として考案された,湛水処理と太陽熱消毒の長所を組み合わせた「土壌還元消毒法」のバージョンアップ版。地下50cmの深さまで土壌還元が進み,多くの作物で利用できるように改良された。
還元をすすめるためのふすまを糖蜜に替え,濃度0.6%に水で薄めてハウス全面に150l/m2を灌水する。その後,地表面を透明なフィルムで覆い,ハウスを閉め切って土壌水分の維持と地温上昇を図る。消毒が必要な深さの地温が30℃,それを10日間以上保つことができれば表1のような効果が期待できる。

もう一つは「熱水土壌消毒」である。当初の器具がさらに改良され,課題となっていた施肥に関した最新研究成果を盛り込んでいただいた。
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そのほかにも,ホウレンソウの硝酸・シュウ酸含量低減技術,輪作に作物の養分吸収機構からみた新しい視点を提起する研究,緑肥作物による病虫害抑止研究の最新情報,また最近注目されている「硫黄」について,土壌と作物の側から迫った全面改訂を行なっている。また,木酢液の病虫害抑制効果について,葉面微生物の動的変化という新しい角度から追跡した篠山浩文氏ら(千葉大学)の研究も収録した。そのほかにも民間の新資材など盛りだくさん。ぜひお役立ていただきたい。