農業技術大系・土壌施肥編 2001年版(追録第12号)


環境保全型農業に向けた施肥技術と,それを地域活性化に役立てていくための地域実例を特集した大型追録です。

(1)第8巻に新コーナー「環境保全型農業の地域展開」を設け,いち早く環境保全型農業に取り組んできた市町村,JA,グループの先進事例13例を収録。有機物の地域内循環,栽培技術の工夫,地域全体で取り組んでいくための組織化,販売チャンネルの広げ方などのノウハウを紹介。

(2)第6-(1)巻に収録している作物別の「施肥技術」コーナーを「環境保全型の施肥技術」に改訂。家畜糞の利用,緩効性肥料の利用,施肥位置の改善,輪作の取り入れ方など,地下水の硝酸塩汚染の回避や残肥を極力少なくする施肥をめぐって,最新の研究をもとにほぼ全面的に書き改めていただいた。

(3)JAS法改正によって,「有機」と表示するためには有機質は欠かせない。有機質肥料に含まれるアミノ酸と微生物の増殖の関係,有機物を施したときの土壌物理性の変化,微生物の変遷など,未利用有機質資源を利用しようという農家の興味を引きつける情報も満載。 (詳しい追録内容は,次頁からの案内をご覧ください)


地域の暮らしと環境を豊かにする環境保全型農業実現のために

〈環境保全型施肥の最新情報を収録〉

●有機物・施肥量・輪作を駆使した「作物別施肥技術」の大改訂

 今追録から,第6‐(1),(2)巻「施肥の原理と施肥技術」の全面改定を開始した。「作物別施肥技術」のコーナーのうち,今回は野菜を中心に一部畑作物を追録(25品目,27本)。次回以降,順次,畑作物・花・花木・植木・果樹と,環境保全型の施肥技術に改訂をすすめていく。

 改訂の骨子は,家畜糞尿などの有機物の活用や緑肥や輪作などを組み込んだ,新しい施肥・作付け技術。もちろん,収量・品質を落とさずに化学肥料の施用量を減らし,残肥を減らすことで養分流亡による地下水汚染をなくす方向での施肥技術の追求である。作物ごとに,家畜糞尿の使い方,肥料の種類,施肥位置,施肥時期,作物の組合わせなどの情報が満載されてる。地域の営農指導にぜひとも役立てていただきたい。

●家畜糞・食品加工残渣の徹底活用術

 化学肥料を減らすということからさらに一歩進めた研究も取り上げた。JAS法改正によって「有機」の表示については,完全な無化学肥料・無農薬栽培であることが必要条件となった。

 イネ 稲作でいえば,一番の問題は育苗期間中の肥料と病害の発生である。肥料の面で見ると,有機物を肥料として利用した場合には,分解過程で発生する有機酸による生育阻害,窒素含有量が低く生育後半に窒素不足が現われてしまう,という弱点をかかえている。その課題に挑んだのが,NPO法人民間稲作研究所の育苗技術である。温湯浸法による種子消毒とプール育苗をベースにした,肥料としての有機質素材の選択と施用法について,代表の稲葉光國氏に最新の成果を紹介していただいた(第6‐(1)巻)。また,埼玉県農林総合研究センターの佐藤一之氏には,早期コシヒカリ栽培に乾燥鶏糞のみを使用し,少ない窒素成分で育つコシヒカリの吸収特性と,乾燥鶏糞の分解特性をうまく生かした栽培法を紹介していただいた。

 アイガモ水稲同時作が広がっているが,イネに対する肥料はもとより,アイガモの飼料まで水田の場で調達していく養分循環システムを追跡したのが,岡山大学の岸田芳朗氏の報告である。アゾラと組み合わせることによって,アイガモを刈取り1か月前まで飼育し,引き上げ後のアイガモ肥育を不要とした。この間,アイガモの採食量が増えるだけでなく,排糞量も増えるため,イネへの窒素供給量も高まり増収に結びついている。

 施設野菜 変わったところでは,施設野菜の養液土耕栽培に有機性廃棄物を液肥として利用した「有機養液土耕栽培」がある(野菜・茶業試験場・中野明正氏)。これまでは無機肥料しか使えなかった養液土耕栽培に有機液肥を利用し,「有機」表示するための限界を突破した新技術である。しかも,この有機液肥の原料は,地域で生産されているコーンスターチの製造工程からでる副産物。有機液肥を点滴灌水することによって微生物相も変化し,それに伴う作物の根系の変化も現われており興味は尽きない。

 花卉 花卉栽培にとって床土は命。その床土に家畜糞尿をいかに利用したら,安価で安全な床土つくりが可能かを,長村智司氏(奈良県農業試験場)が明らかにしてくれた。品質チェック法,花卉の種類による家畜糞利用による床土ブレンド法を紹介。床土製造業者ならびに自前で床土をつくる農家にとっては貴重な資料である。

 家畜糞ブレンド情報 同じ家畜糞とはいえ,畜種によって肥効の現われ方は大きく異なっている。ペレット化の製造技術については昨年の『畜産編』追録19号で収録したが(三重県農業技術センター・原正之氏),今回は畜種ごとにペレット化したものを,作物の吸収特性に合わせてブレンドして利用する技術を,上村幸廣氏(鹿児島県農業試験場)に紹介していただいた。かつての家畜糞尿と現在の家畜糞尿ではかなり含有成分が変化し,窒素・リン酸などが多く含まれるようになっている。その最新分析値をもとに,作物ごとのブレンド比率を明らかにしている。「作物別施肥技術」コーナーでは,家畜糞を利用した施肥技術の実際が取り上げられているので,併せてご覧ください。

●水田輪換野菜作の新しい施肥技術

 琵琶湖の水質が取り沙汰される滋賀県では,硝酸態窒素をいかに減らすかが大きな問題となっている。ここでは,水田輪換によるイネ─コムギ─キャベツの2年3作のローテーションが行なわれているが,キャベツ作に「うね立て同時作条施肥」が取り入れられ始めている(柴原藤善氏・滋賀県農業総合センター)。緩効性肥料を作条施肥することで施肥効率を上げ,追肥も硝酸イオンメータを用いた簡易栄養診断によって決める。

 当然,収穫残渣(外葉)は水田にすき込まれるわけだが,この外葉から供給される窒素は8.6kgN/10aもある。その窒素をいかにイネに生かすか? また,外葉の分解にともなって地下浸透し始める硝酸態窒素をいかに減らすか? ここでは,暗渠の排水口の位置を調整することで脱窒させ,地下への硝酸態窒素の流出量を半分に減らしている。暗渠を利用した脱窒技術については第3巻でも詳しく紹介しているので,ぜひご一読いただきたい。

〈環境保全型農業を地域活性化に生かす〉

 「農業」と「環境」とは切っても切れない関係にある。今追録では,早くから環境保全型農業に取り組み,地域の活性化に結びつけた展開をしている市町村,JA,農家グループなどの13の先進事例を集め,第8巻に新コーナー「環境保全型農業の地域展開」を設けた。これは,家畜糞尿,生ごみ,林業副産物,食品廃棄物など,これまでは厄介者であった未利用有機物資源を生かしていくには,農業のジャンルはもちろん,農業・商業・工業の枠を超えた結合なしには実現しないと考えたからであった。農業環境三法,それに本年4月から施行される「食品リサイクル法」によって,廃棄物の有効利用が義務づけされただけに,これらの未利用資源の活用は大きな地域課題となってきたのである。

 3ページの表は,今回取り上げさせていただいた事例の特徴をまとめたものである。地域の有機物循環を支える資源は多様である。そうした有機物資源を堆肥化する技術や,完成した堆肥を利用する栽培面での取組みがしっかりなされている点はいずれも共通している。

『土壌施肥』追録12号で取り上げた「環境保全型農業の地域展開」事例

事例

市町村

地域条件

特徴

JAひがしかわ

北海道東川町

水田地帯

1988年「有機農業推進の町」宣言。JAの堆肥センターで堆肥を製造し,有機栽培に活用。85年には景観をアピールした「写真の町宣言」

【有機物利用】減農薬資材として籾がら燻炭・籾酢製造,緑肥・マリーゴルド・ヒマワリ等の栽培で輪作と防除と景観形成に活用,ネギ混植,畦畔へのハーブ栽植による害虫忌避

【栽培法】16項目の土壌診断に基づいた施肥によるイネと野菜の有機栽培,減農薬・減化学肥料栽培

【販売】消費者契約米,特別表示米に95%の農家が取り組み,「大雪清流米」ブランドを確立

農事組合法人ドンカメ

栃木県芳賀町

果樹+野菜

若手果樹栽培農家グループによる,生ごみ堆肥製造による地域コミュニティ再生。総合的な学習の時間で学校給食残渣も堆肥化

【有機物利用】地域商店街や企業食堂の生ごみ中心に堆肥化

【栽培法】堆肥のみで不耕起によるナシ栽培。フェロモンも利用して減農薬

【販売】直売所,個人直売所ほか

JA山武郡市・睦岡園芸部有機部会

千葉県山武町

複合野菜産地

植物質堆肥+独自有機肥料+輪作で無化学肥料・無農薬野菜産直

【有機物利用】地元資源(稲わら,籾がら,ラッカセイ茎葉)による堆肥づくり

【栽培法】ソルゴーなどを組み込んだ輪作と,年間5品目以上作付け。堆肥・独自有機肥料・輪作の三本柱+フェロモン・不織布の利用

【販売】産直団体・スーパー・学校給食など,20か所以上の販売チャンネルを確保して,積極的に消費者交流を組み込む

三芳村生産グループ

千葉県三芳村

水田+果樹

消費者との産直28年。地域資源にこだわった有機物循環。無農薬・無化学肥料による栽培

【有機物利用】落ち葉・切りわら・籾がら・米ぬか・ダイズがらによる土着菌堆肥。地元で入手できる餌による各戸平飼い養鶏の鶏糞ボカシ肥料

【栽培法】無化学肥料・無農薬栽培による米・野菜・果樹などの多品目生産。米ぬか,ザリガニによる雑草防除,堆肥マルチなど

【販売】現在29戸の農家と約1,000軒の消費者との提携。グループ全員での配送分担。独自に加工施設付きの宿泊施設も建設"

JA信州うえだ・果樹部会クラウンふじの会

長野県上田市

果樹地帯

完熟堆肥を施用して,外観・着色より食味重視のリンゴ栽培に挑戦する会員37名の取組み

【有機物利用】堆肥センターの家畜糞と地元の樹皮を混ぜた完熟堆肥とJAオリジナルの有機100%肥料を使用

【栽培法】農薬3割減と,糖度15%以上が会員の義務。グループ内部での点検と技術講習会で,栽培法を徹底追及。カルシウム強化栽培

【販売】10市場への出荷。県「環境にやさしい農産物」認証で,シンボルマークをつけてレギュラー品との差別化販売

JAこしじ(現JA越路さんとう)

新潟県越路町

水田地帯

1998年「ほたるとびかう有機の里」宣言。清らかな自然の中で生産された農産物をアピール

【有機物利用】地力のバラツキを熔燐・珪カル連続投入と,稲わら+籾がら+豆腐工場から出るおからによる堆肥施用

【栽培法】綿密な土壌分析による施肥指導。・無化学肥料・減農薬栽培で,付加価値の高い米販売

【販売】東京都の農産物ガイドラインにのっとった契約販売。転作ダイズ,ムギはJA加工所で加工して地産地消

富士開拓農協

静岡県富士宮市

酪農専業地帯

酪農専業地帯での「有機の里づくり運動」。有機質たっぷりの豊かな地力を生かして高齢者・女性が主役の有機野菜栽培+畜産加工品産直

【有機物利用】・牛も食いつく良質堆肥づくりと,徹底した土壌分析・個別施肥設計による有機生産。牛と野菜,豚と野菜の輪作

【栽培法】綿密な土壌分析と診断による,遊休草地での無農薬・無化学肥料栽培。溝底栽培による寒じめ野菜。放牧牛,放牧豚

【販売】農協の直売所での放牧牛乳・豚肉・有機野菜販売。製造・加工・流通業者を結びつけた富士ミルクランド構想で,都市住民を引きつける

阿久比米れんげちゃん米研究会

愛知県阿久比町

米+畜産+花

レンゲを復活した地力・景観つくりと有機米生産。地元にしっかり根を下ろした地産地消

【有機物利用】レンゲすき込みと有機質肥料。発酵鶏糞利用

【栽培法】耐肥性品種と病害抵抗性品種+疎植栽培。土着天敵を生かした無農薬栽培

【販売】地元消費者団体との提携による,地元米・地元消費。レンゲの景観とレンゲまつりで地元に定着

一志東部軟弱ハウス部会

三重県嬉野町

米+野菜

土をいじめない施肥と土つくりで,老舗ダイコン産地,秀品率85%を守る

【有機物利用】部会員全員でつくる「土こうじ」とライスセンターからでる籾がらでつくる低窒素の良質堆肥

【栽培法】ネギを組み込んだダイコン輪作。「土こうじ」と有機質肥料,微量要素も加えた施肥で土壌消毒なし

【販売】農協を通した市場販売

長岡京花菜部会

京都府長岡京市

米+タケノコ+野菜

特産のタケノコの皮堆肥による,遊休農地を利用した高齢者・女性参加の花菜生産

【有機物利用】タケノコ加工所から出る皮と米ぬかで発酵させた堆肥

【栽培法】早晩性の異なる花菜品種の地元選抜,直播+移植栽培。「イネ―タケノコ―花菜」の労力分散と資源リサイクル

【販売】市民に親しまれる花菜の景観と朝市,キャンペーンによる地元販売重視

高松有機野菜生産組合

岡山県岡山市

米+野菜+畜産

女性たちによる自家用菜園の無農薬・有機質野菜つくりから,地域ぐるみで「有機の里」へ

【有機物利用】地元の畜産と林業の木くず堆肥。キノコ廃床や食品加工くずなど未利用資源の堆肥化と利用も研究中

【栽培法】良質の堆肥施用による有機野菜栽培。フェロモン,天敵,不織布,米酢,輪作・混作を駆使

【販売】「産消提携」の思想による生協,デパート,スーパーなどへの多チャンネル直接販売

下井原営農組合

広島県広島市

集落あげての生活型基盤整備による,「美しき田園と 活力あるふれあいの郷 白木」実現

【有機物利用】畜産農家から出る糞尿とおがくず,籾がらの堆肥化。稲わらのすき込み,緑肥(レンゲ)栽培

【栽培法】稲わらと堆肥すき込みによるアイガモ水稲同時作。アイガモの餌はパンくず,かす類利用

【販売】美しい農村景観と,年間を通した交流会で消費者をひきつけ,オーナー制と直売所での販売

JA四万十Y・S・C

高知県窪川町

畜産+米+施設野菜

四万十方式による自然循環システム。良質堆肥による稲作と,生ごみ分解促進剤「かえるんど」による花いっぱい運動

【有機物利用】地域の畜産農家から出る牛糞+豚糞+籾がら

【栽培法】堆肥を利用した低農薬による稲作

【販売】「竜馬米」の商標登録のもと,JAと一体となった宅配便産地直送


 圃場には緑肥作物,水田にはアイガモなどの小動物が取り入れられ,それらは単に地力維持や病害虫防除にとどまらず,地域の景観つくりにも生かされていることがわかる。そうした地域の魅力が,農産物の価値を高め,直売所・産直・農村都市交流による独自の販売チャンネルを生み出している。

 今回取り上げた事例には,制度資金の活用や,地域独自の制度なども紹介されており,行政やJAの担当の方々に,環境保全型農業への取組みをいかにしたら地域活性化に結びつけることができるのか,そのヒントを提供してくれるに違いない。

 なお,農林水産省の許可を得て,資料として「環境保全型農業推進コンクール」のこれまでの受賞者256(市町村,JA,グループ,個人など)の特徴を網羅した一覧,環境保全型農業に対する意識や生産の実態などを調査した「農業生産環境調査」(農水省)を収録した。視察の際などにお役立ていただきたい。

〈有機物施用による土の変化追跡〉

 施肥技術や地域的取組みに加えて,今回は,有機質肥料も含め,有機物を土壌に施用したときに起こっている世界に迫っている。

 たとえば,有機質肥料ごとに,施したときに起こる団粒形成能力の違いと,その結果として起こる養水分の流れの変化を綿密に追い続けた研究を農業環境技術研究所の樋口太重氏におまとめいただいた。土壌水分の動き,EC,肥料成分,地温などの変化と,作物による吸収を追い続けた労作である。

 また,各種の有機物肥料に含まれているアミノ酸組成を明らかにし,施したときに起こる微生物相の変化を綿密に追った研究(片倉チッカリン株式会社・野口勝憲氏)も,有機質肥料をこれまでとは異なる視点から見せてくれる。

 そのほかにも,有機物の施用による土壌の層位別の微生物の活性の違いに追った金澤晋二郎氏(九州大学),話題の米ぬかの表面施用による病害抑止の仕組みを,葉面微生物の世界から大胆な仮説も取り入れながら迫った宮田善雄氏(レインボー生物研究所)など,有機物─土壌(物理性・化学性・生物性)─作物,のおもしろい世界が展開されている。

さまざまな角度から環境保全型農業に向けて迫った今回の追録,皆様の地域の活性化のための資料としてお役立てください。