農業技術大系・土壌施肥編 2000年版(追録第11号)


●農業環境三法をクリアし,地域資源を活用した持続的農業確立に向けた情報を大幅に強化した内容です。

(1)地域内で出る未利用資源(糞尿や食品残渣など)を生かし,地域の持続的農業に役立てるための「堆肥センター」の実践例の充実

(2)「微生物資材」コーナーを全面改定し,その内容を明らかにした最新情報に一新

(3)環境負荷を減らす施肥,農薬や肥料がたまった土壌の浄化,農地から流亡する肥料成分の浄化などの最新研究

上記のほか,各産地の土壌診断とその活用,臭化メチルに頼らない土壌病害克服に向けての取組みなどを紹介。

(詳しい追録内容は,次頁からの案内をご覧ください)


有機物施用(家畜糞尿堆肥)/作付け・施肥の改善/土の水の浄化 堆肥センターを核に,地域で取り組む循環型社会へ!

〈地域をつなぐ,未利用資源を生かした高品質堆肥の製造〉

 今追録では「地域ブランド堆肥・有機質肥料の製造と活用」というコーナーを新たに設け,規模も堆肥製造技術もさまざまな9つの堆肥センターを紹介している(第7(2)巻)。いずれも,製造時の臭気が少なく,完成した堆肥が地域の耕種農家はもちろん,家庭菜園を楽しむ消費者にも喜んで引き取られている。それだけではない。その堆肥を使った農産物が,地域独自の価値をもったものとして評判を呼んでいる例ばかりである。

●有機野菜栽培農家との連携でできた大屋町の共同堆肥舎

 昨年の全国施設園芸共進会で農林水産大臣賞を受賞した,兵庫県おおや高原野菜生産部会と地域の畜産農家の提携による堆肥つくりはシンプルそのものだ。酪農家と町の和牛部会から糞尿を供給してもらい,屋根がついただけの共同堆肥舎でショベルローダによる切返しで,約6週間かけて一次発酵処理する(切返しは野菜農家が行なう)。それを,野菜農家個人の堆肥舎に運んで,さらに籾がらや米ぬかなどを混合して二次発酵させる“堆肥のリレー生産方式”をとっている。野菜農家はO157検査や菌相検査などを行なって,有機野菜生産に適した堆肥に仕上げるのである。

 現在は,地元の但馬養鶏農協との提携によって有機肥料センターでボカシ肥を委託製造してもらい,町内の畜産農家との提携でつくった堆肥と,このボカシ肥で無農薬の野菜生産が行なわれている。家畜薬を使わない糞尿を提供しようと,畜産農家も高原野菜部会と気持ちが一つになっているそうである。この部会の有機野菜はコープこうべとの取引で,おおや高原野菜として売上げは伸び続けている。

●カントリーのそばにつくった堆肥センターで籾がら発酵堆肥

 新潟県のJA吉川の堆肥センターは,なんとカントリーエレベータのすぐわきにつくられている。普通なら悪臭とか汚ない印象があって米づくり農家が嫌がりそうなものだが,ここではちょっと違う。産業廃棄物扱いになりかけていた籾がら処理問題と,地域の繁殖牛飼養農家の糞尿問題を同時に解決する切り札として,この堆肥センター構想が持ち上がったのは同じだが,そこでできた堆肥を米づくりに生かし,吉川町特別栽培米として有利に販売できる仕組みをつくっているのである。

 食品加工メーカーから学んだ悪臭も汚水も出ないコンパクト処理システムが導入されており,今後,地域のし尿汚泥や野菜クズなども原料として利用できないかとテスト中だという。

●システム,原料,堆肥活用などいろいろ9事例 

 これらのほか,BMW技術を駆使した堆肥と生物活性水を製造し,グループ内の稲作,果樹,野菜生産に生かしている山形県の農事組合法人米沢郷牧場の糞尿処理システム。そして『土壌施肥編』(第7,4巻)に詳述されている堆肥原料のC/N比(炭素率),製品のC/N比をチェックしながら製造する愛媛県・愛媛たいき農協のアメニセンターなど,全国的に注目されている9つの堆肥センターの製造システムと,製造された堆肥の耕種農家での利用法を紹介した。

 とり上げた事例は原料も製造システムもさまざまで,新規に堆肥センターを設置するところだけでなく,現在のシステムの改善を考える上でも役に立つ。また,完成した堆肥をいかに地域のものにしていくかについての,行政や農協のサポートの仕方に学ぶ点も多いはずである。

〈持続的農業へ取組みの追跡〉

●地下水汚染規制への対策

 昨年2月,「水質汚濁防止法」に硝酸態窒素など新しい項目が追加され,地下水汚染の規制が始まった。硝酸態窒素10ppm以下がその基準である。

 第3巻「土壌汚染,環境問題と土壌管理」に,わが国の圃場での窒素・リン酸・カリの成分の収支,肥料の流亡の実態,湖沼の富栄養化の実態が報告されている。また同じ巻の「海外における土壌問題と土壌管理」ではEUの農業環境政策の取組み,オランダの施設園芸での取組みなど,持続的農業の動きを世界的な視野で考えることができる。これだけの情報を集めたものは他に例がない。

●輪作の新しい視点

 有原丈二氏(農研センター)に,窒素の溶脱に果たす冬作の意義について報告していただいた。地温は気温より遅れて変化するため,夏作物の収穫が始まってからも窒素の無機化が進む。もし冬作が植えられていなければ,無機化した窒素が土から水とともに流れ去り,地下水汚染の原因となる。しかしイタリアンをまくことで,ほぼ完全に窒素の溶脱が防止できるという。それだけではない。低温適応性のある冬作物のチンゲンサイ,カブ,ダイコンなどアブラナ科野菜などは,土壌中の有機態窒素を直接吸収するという知見も紹介されている。しかも窒素吸収速度が速く,窒素循環効率の面からも注目すべきだという。

 三木直倫氏(道立中央農試)には,露地野菜畑について,窒素吸収根域の異なる作物の組合わせによる,圃場からの窒素溶脱を抑制する研究成果を報告していただいた。作物の根域と窒素回収量の追跡からその組合わせを提起している。輪作の新しい視点であろう。

〈汚染された土と水を蘇らせる〉

 農薬や肥料などが蓄積した土をどのようにして浄化し,健康な土に戻すかが問われている。今追録で,三つの角度から浄化の方向を探っている。

 一つは,木和広氏(農環研)による木質炭化素材(木炭)にPCNB剤などの難分解性農薬分解菌を迅速に集積して,それを汚染土壌に混和して農薬を分解しようという研究である。すでに実験においては大きな成果をあげており,汚染物質の除去方法として微生物など生物機能を利用する技術(バイオレメディエーション)が注目を集めている。ダイオキシン類などの分解しにくい有機塩素化合物への応用も期待されているという。

 もう一つは,施肥や栽培様式の改善によって汚染を浄化していく方向である。ニンジン産地,岐阜県各務原市の地下水汚染対策を堀内孝次氏(岐阜大学農学部)の報告を紹介していただいた。ニンジンの肥料吸収特性にあわせた追肥技術によって,従来の半分の施肥量で収量品質ともに確保,また,移植栽培によるさらなる減肥の可能性も明らかにされている。

 最後は,休耕田を利用したビオトープによる水質浄化である。とり上げたのは北海道栗山町のイネやヨシなどを活用した植生ゾーンとレンガや砂利による浄化資材ゾーンを組み合わせた施設である。施設の設計や浄化能力の追跡に関わっている山田雅彦氏(道立中央農試)に,その全貌を紹介していただいた。地域の小学生たちも巻き込み,授業にも組み込まれて水質浄化を町全体のテーマとし,豊かな自然の浄化機能を復元していくおもしろい展開となるのではなかろうか。

〈病虫害防除の新しい視点〉

 今追録では,微生物や作物の力,植物自身の防御能力を高めることで,病気にかかりにくい作物と土壌条件をつくりだすための最新情報を豊富に紹介した。

 一つは,松崎聖史氏(愛知県農総試)による蛍光性シュードモナス(AP-1)によるトマト根腐萎凋病の抑制。これはトマトの根圏から分離された細菌で,根面で病原菌と養分競合を起こすことによって発病を抑制するという技術である。

 もう一つは,ケイ酸による全身獲得抵抗性誘導の報告である。全身獲得抵抗性誘導とは,植物体の一部に何らかのストレスを与えると,その情報が全体に伝わり,新たな抵抗性が全身に誘導される現象をいう。今回は,渡辺和彦氏ら(兵庫県立中央農技センター)に,海外での最新研究も盛りこんで,ケイ酸を中心にその仕組みと研究成果を紹介していただいた。ケイ酸を与えることによって,イチゴやキュウリのうどんこ病やイネの苗いもちにも顕著な効果を示している。シリカゲルを使うといいらしいが,ケイ素はイネの籾がらにたくさん含まれている元素だけに,その利用との関係もおもしろそうだ。

 そのほかにも,ラッカセイによるサツマイモのネコブセンチュウやネグサレセンチュウの防除,春先の短期湛水処理によるダイズ白絹病防除,気温が低い東北や北海道でも効果が上がる有機物を施して還元状態をつくり出すことによって病原菌を抑える土壌還元消毒法も紹介している。

 2005年には臭化メチルが全廃される。脱臭化メチルに向けた取組みは,さまざまな太陽熱土壌消毒技術の開発(第5(1)巻に追録10号で充実)だけでなく,線虫やイトミミズなど微小生物の働きや,バイオポア(動物や植物の活動によってできた穴)の機能など,豊かな農産物生産に向けての技術が今後ますます重要になるはずである。

〈微生物資材情報の全面改定〉

 これまで微生物資材が公の研究データに登場することはなかった。しかし,今年度から農水省の「民間農法支援研究」事業が始まり,そのテーマの一つとして微生物資材がとり上げられ,有効性が認められた資材については,公的研究報告のなかに具体名をあげることが許される。

 今回の追録でこれまで紹介していた微生物資材を全面的に改定した。現在各地で使われている18種類をとり上げ,資材の微生物の内容はもちろん,その使い方について詳しく公開してもらった。