2000年の口蹄疫,昨年はBSEと,暗いニュースばかりが続く畜産界。しかし,新しい動きは確実に広がりつつある。健全な畜産が地域にしっかりと位置づいていてこそ,本当の地域活性化が進む!
今追録21号は
(1)コストダウンと経営内容充実
飼料の工夫(食品残渣を生かした機能性飼料,土着菌で発酵させた低コスト飼料,徹底した安価な単味飼料配合で健全飼養,配合設計プログラムなど)
飼い方の工夫(低投入酪農への転換技術,土着菌利用の高床式発酵畜舎など)
経営複合化(畜肉直接販売・加工事例)
(2)地域資源と結びついた畜産
荒廃地や林地に家畜を結びつける(事例追跡,小規模放牧技術など)
地域食品残渣を生かす(ゴマかす,パンくずなどのもつ機能性)
(3)アニマルセラピーほか,家畜の多面的活用の新コーナー
飼育技術者,獣医師,医師,教育者などによる実践報告
(4)BSE(牛海綿状脳症)の真実に迫る
☆コスト低減は飼料の吟味から
安い飼料で健康に乳を搾ることができればそれにこしたことはない。今追録で紹介した熊本県の荒尾清志牧場とそのグループ15名は,仲間で自家配工場を持って,安価で高性能の飼料による酪農経営を行なっている。kg単価31円の自家配は魅力である。この飼料で経産牛1頭当たり年間9,200kg強を搾る。飼料畑が少ない酪農家にとっては,生き残りのヒントに満ちている(第2巻(2)事例)。
☆機能性飼料 ゴマかすほか
豚は品質の時代である。食品残渣に含まれる機能性物質と,それを生かした豚肉生産技術を村上徹哉氏(福岡県農業総合研究所)に紹介してもらった(第4巻)。たとえばゴマから油を絞ったかすが,肥満をいやがる人達にとって福音となる。ゴマかすの中に含まれるセサミノールが低脂肪豚をつくるということが明らかになったからである。しかも,その豚肉を口に含むと香ばしい感じがするという。使用するゴマかすは,天ぷら用油製造時に焙煎温度が低いものを用いるのがいいらしい。そのほか,パンくずはω-3系列脂肪酸の割合を高め,心筋梗塞や動脈硬化予防に,繊維含有量の高いリンゴジュースは尿中のアンモニアガスを減らし,悪臭防止に役立ちそうである。地域限定の,消費者が「買いたくなる」豚肉生産にぜひ役立てて欲しい。
なお第8巻には,土着菌によって発酵させた焼酎かすの飼料的価値についての成果も紹介している(柳田宏一氏 鹿児島大学)。病気が減り,肉がおいしくなるというおまけまでついている。柳田氏には,土着菌の大量培養装置についても紹介してもらっている(『土肥編』第7-(1)巻)。併せてお読みいただきたい。
☆飼料用イネの徹底追跡
水田転作の切り札的存在になりつつある飼料用イネを,本当はどうなの? と今追録で徹底追跡(第7巻)。ホークロップサイレージの栄養的・生理的な飼料特性(村井勝氏 畜産草地研究所),乳牛と肉用牛への給与技術と効果(塩谷繁氏 九州沖縄農研セ,篠田満氏 東北農研セ),コメそのものの給与(篠田満氏 前出),飼料用イネ品種(根本博氏 作物研究所)についても詳述(第7巻)。
飼料用イネに関する最新の研究成果はすべて網羅した。作付けを考えておられる方,今年すでに作付けしておられる方は,ぜひご一読を。
☆里地里山放牧ー家畜がむらに戻る
不思議な話があるものだ。これまで家畜が1頭もいなかった集落で家畜放牧が始まり,むらに活気が戻り始めた。今回,近畿中国四国農研セの千田雅之氏と谷本保幸氏にご執筆いただいた島根県大田市「小山地区放牧の会」の取組みがそうである(第3巻)。
この集落,かつては甘夏など果樹の産地として団地化がすすめられた地域であるが,高齢化がすすみ,樹園地管理には限界が見え始めていた。耕作放棄地は増え,イノシシなどの害獣による作物被害は増加し,住みつづけることすら困難になりつつあったという。こうした状況のなかで小山集落がとったのが,複数の農家が共同で牛を飼い,草を食べてもらって荒廃地を維持管理しながら,牛にイノシシを追い払ってもらうという方法であった。
☆荒廃地がアメニティ空間に変貌
詳しくは本編をご覧いただくとして,右の写真のように,耕作放棄地に放した牛によって1年後には見事に雑草が消え,地元の保育園児が牛を見に遊びに来る牧場に変わった。牛の導入を契機に人の気配がするようになったことから,イノシシの侵入激減。被害も激減した。耕作放棄地は「あまなつ牧場」としてよみがえり,地域の公園としての機能も果たし始めている。かかった経費は,放牧地(荒廃地)12haに放牧牛5頭の周年放牧で,100万円強。牧柵も間伐材や竹を自給して格安で上がっている。
イノシシやサルなどの被害に悩んでいる中山間地には,もってこいの方法であろう。
こうした取組みは,今追録だけでなく,宮崎県諸塚村あげての,森を育て牛を育てる「林畜複合システム」,山口県の実際家山本喜行氏の取組み,棚田放牧での畔崩壊対策(いずれも第3巻,追録20号)などが収録されている。
☆小規模放牧支援アイテム
一つはアブ防除用のボックストラップ(白石昭彦氏 東北農研セ,第3巻)。炭酸ガスを使わない視覚的な誘因効果を生かしたトラップは,自作できて効果抜群。設計図つきで紹介した。
もう一つは,分散している小区画の減反水田や荒廃地を放牧地として生かす技術の開発である(瀬川敬氏 畜産草地研,第3巻)。小規模放牧で問題となる家畜の移動に伴う「捕獲・移動施設」を中心に,電気柵,給水施設を取り上げ,「実際家の技術と経営」で収録している中村牧場(第3巻)を例に放牧技術と施設の活用法を紹介してもらった。
荒廃地,裏山,林地,水田と結びついた畜産の展開はいよいよ本格的になってきた。
「このままでは日本の畜産はなくなってしまう!」という林良博氏(東京大学)の危機感から生まれたのが,新コーナー「家畜の多面的活用」である(第1巻)。
☆家畜は乳・肉・卵生産道具だけではなくなった
「アニマルセラピー」という言葉を新聞などでご覧になったことはないだろうか? 植物を医療分野に活用する動きはすでに定着し,『農業技術大系花卉編』には「園芸セラピー」というコーナーが設けられ,その理論と実践例が紹介されている。「アニマルセラピー」とは,先行する「園芸セラピー」同様,動物を医療に活用していこうとする活動である。今追録で,こうした「アニマルセラピー」も含めて,第1巻「畜産基本編」に新しく「家畜の多面的活用」のコーナーを設けた。そこでは医療分野はもちろん,養護学校,レジャー,学校での「総合的な学習の時間」への活用など,家畜も含めた動物の新しい活用側面を取り上げた。乳・肉・卵の生産効率を求めてきた畜産だが,本来家畜が果たしてきた人間にとっての意味を問い直し,新しい畜産の展開を展望する。
東京大学農学部長の林良博氏(「人と家畜の関係学会」会長)は本コーナーの冒頭論文で,私たち日本人が求めている自然とは「ある程度管理された自然のなかに,人が働き,馬や牛などの家畜が動き回っている自然」ではないかと指摘している。そうした自然の「喪失」が「アニマルセラピー」という形をとって動き始めているのだという。このコーナーでは,林氏のほか,井本史夫氏(井本動物病院・獣医師),横山章光氏(防衛医科大学校・精神科医),滝坂信一氏(国立特殊教育総合研究所),吉村敦氏(高知県畜産試験場),近藤誠司氏(北海道大学)ら,さまざまな分野の専門家が人畜共通感染症の問題も含めて,その効用と活用技術を,海外での取組みなどの実践例もふまえて展開している。
☆家畜の豊かさを経営に活かす
日本でもすでに乳・肉・卵の生産だけでなく,教育やレジャーを取り入れた畜産経営や教育への取組みが生まれている。本田正則氏(北海道・どさんこトレッキング牧場),人見みゐ子氏(栃木県・体験館“TRY”“TRY”“TRY”),宮村義宣氏(東京都立瑞穂農芸高等学校)の実例を通して,経営への取り入れ方,その場合の飼育法など,具体的に紹介した。
なお,林氏を会長に「人間と家畜の関係学会」が立ち上がり,畜産関係者だけでなく,医師,教育,動物愛護関係者も含めて話題を呼んでいる。
☆BSEとはなにか? 徹底追跡
今年5月14日,BSE牛の生体検査を担当した獣医師が自殺したことが報じられた。わが国「4頭目」となったBSE感染牛を発見できなかったことに「責任を感じる」という趣旨の遺書が残されていたという。昨年9月にわが国で初めて確認された牛海綿状脳症(BSE)は,畜産農家だけでなく,農家を支援する技術者も巻き込んでいった。流通業界の不始末もあいまって畜産界には暗い話題が続いている。
BSEに対してつけられた「狂牛病」という呼び名とともに,新型のクロイツフェルト・ヤコブ病との関連性が人を不安に陥れた。しかし,いったいBSEとはどんな病気なのか? 検査体制は大丈夫なのか? 人間への感染の恐れは? 今後の畜産はどうあればいいのか? など,今回の追録でBSEに対して真正面から向き合う記事を収録。
最前線で活躍しておられるBSEほかプリオン病の第一人者山内一也氏(元東京大学),BSEの最終審査で超多忙の品川森一氏(帯広畜産大学),BSEの人への感染の風評被害に警鐘を鳴らす医師池田正行氏(国立犀潟病院),畜産のあり方を問う大久保正彦氏(元北海道大学)らに,BSEについて科学の目を通した真実をまとめていただいた。
山内氏は,「21世紀の今日,狂牛病の名前が堂々と用いられ,さらには羊のスクレイピーを凶羊病,ネコ海綿状脳症を凶猫病といった記事まで時折見受けられたのは異常としか言いようがない」と指摘している。科学者としての抑えた怒りが伝わってくる。現場で畜産農家の苦境に日々かかわる指導者の方々の力づけになればと思う。また,できるだけ平易にまとめていただいているので,畜産以外の読者にも,BSEの基礎知識としてこれ以上の資料はない。ぜひ,図書館などでもご利用いただきたい内容である。
☆BSE感染の原因とされた肉骨粉レンダリングの実態
BSE騒動で突然知られるようになったのが「レンダリング」という言葉である。レンダリング(rendering)とは,家畜を処理した際に出る副産物(クズ肉・皮・骨・内臓他)を再処理して飼料や肥料にリサイクルすることで,いわば畜産関係のリサイクルシステム。BSEは,飼料として給与された肉骨粉にBSE感染牛のものが混入し,それが別の牛に摂取されることによって感染していった,という見方が大勢を占めている。それだけに,レンダリングの実態に注目が集まった。
今追録で,レンダリング業界に身を置く角田淳氏(株・アグロメディック)にレンダリングの実態を報告してもらった。氏自身,米国ミズーリー大学大学院で動物栄養学修士課程で学んだ経歴があるだけに,レンダリングによって価値ある資源に変わる畜産副産物の重要性をおさえ,海外のレンダリング業界の動きもふまえた記述は説得力がある。これまであまり目にすることがなかった分野だけに,ぜひご一読いただきたい。
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これらの記事のほか,酪農(第2巻(1))では最新研究成果による「Ca代謝(低Ca血症)とカチオン・アニオンバランス」(久米新一氏 北海道農研セ),「総当たり法による乳牛用飼料設計支援プログラム」(島田和宏氏 畜産草地研),つなぎ牛舎でも発生し始めた「趾皮膚炎と対策」(永岡正宏氏 NOSAI兵庫),肉牛(第3巻)ではビタミンEやβ-カロチンを利用した「牛肉の変色抑制技術」(村元隆行氏 東北農研セ),豚(第4巻)では「飼養標準」と「飼養標準の使い方」を全面改定(高田良三氏 畜産草地研),中ヨークシャー種にこだわる「千代幻豚」の岡本養豚を実例と収録した。
今回の追録を,畜産の新しいうねりを創り出す号として,ぜひお役立ていただきたい。