農業技術大系・畜産編 2000年版(追録第19号)


●高能力化する家畜を健康に飼い,その能力を引き出す育成・飼育技術の大改訂。また,この春,畜産界を震撼させた口蹄疫の最新情報を追録。

(1)乳牛が年々大型化し,しかも初産乳量は大幅アップ。しかし,一方で産次数の低下と病気の多発が問題になってきた。今回は,そうした問題を克服する高能力牛育成の技術への大改訂を敢行。

(2)産卵鶏もまた高能力化し,飼育技術が追いついていないのが実態。鶏の能力の現状と飼育技術を徹底追跡! 地鶏の代表選手である名古屋コーチンも全面改訂。

(3)環境保全の面から見た畜産の充実。放牧酪農に欠かせない家畜との信頼関係を築く子牛の学習訓練技術,荒廃地への放牧技術を追録。また,栄養管理による糞尿の質と量コントロール技術も。

(4)国産わら,自給飼料の重要性を明らかにした口蹄疫の最新情報。

 これらのほか,小型ロールベーラを駆使した飼料自給畜産経営,傾斜地・遊休地が生きる,組立ての解体・移動が自在のドーム型パオ鶏舎飼育など個性的な経営や,加工を取り入れた養豚家の糞尿・食品排水処理技術などを収録。

(詳しい追録内容は,次頁からの案内をご覧ください)


家畜の能力を最大に引き出す 育成飼養技術の徹底追跡!

 『畜産編』大改訂の第3弾。2年前の追録では高能力化する乳牛に合わせて「搾乳牛」のほぼ全面にわたる改定を行ない,昨年は最新の飼料設計システムと,全畜種にわたって食品製造かすなどの副産物も含めた飼料化とその給与技術を追録し,“糞尿”と“かす”を有効に利用する地域型畜産の基礎データをお届けした。今回は,高能力牛の健康で安全な乳生産実現のための育成について,全面改定を行なった。

〈家畜に人間が追いつかない?〉

 このところの家畜の能力の高まりは目を見張るばかりである。体格がよくなった(体重が増え,体つきも大きい)のはもちろんだが,乳牛では乳量が高まり,初産でも9,000kgを超える乳量の牛が珍しくなくなった。鶏でも同様で,産卵率は82~83%(7~8%上昇)とかつては考えられなかった率となっている。

 家畜が変わったのである。

 しかし,その高能力の家畜たちに,飼い方が追いつかない事態が発生している。「近ごろの牛は飼いにくい!」と言ってしまったのでは,家畜のほうがかわいそうというものだ。家畜は,自らの身を削っても乳を出し,卵を産んでくれるようになった。そんな高い能力の家畜に合わせた飼い主の飼養技術ができていないから,病気の多発や産次数の低下を呼び込んでいるのである。

 1頭約40万円の費用がかかると言われている乳牛の育成。いっそ初妊牛を導入したほうが安上がり…と考えがちだが,今回の追録には,低コストで自ら後継牛を育成する醍醐味と,経営的なプラスを生み出す情報が満載されている。

〈乳牛育成技術の混沌のなかで〉

 大久保正彦氏(北海道大学)は,育成の目標について次のように述べている。

「かつて,乳牛については長命・連産が重視された。ところが最近では,産乳能力向上のための更新を重視し,比較的短い期間,限定された条件の下での生産性向上を追究してきたため乳牛の供用年数が短くなり,長命・連産という言葉はあまり聞かれなくなった。極論すれば,乳牛を単なる牛乳生産のための使い捨ての道具としかみず,育成についても,こうした観点から考えることになる。他方,(中略)土地を基盤とした物質循環のなかでの本来あるべき酪農に目を向け,疾病の少ない健康な牛からの安全で美味しい牛乳の生産を求める声も強くなっている」(第2巻乳牛(1)「子牛育成の目標と考え方」)

 図を見ていただきたい。昭和60年から平成10年までの乳牛の平均月齢と平均産次数の推移をみたものである。平均月齢が55か月(4年7か月)から50か月(4年2か月)へと短くなり,平均産次数は3.1産から2.7産へと13%も減っている。この事実をどう見るかである。

 当然,酪農に対する考え方の違いによって育成についての考え方も変わるわけだが,その目標には共通することがある。その共通点を,大久保氏は4つにまとめている。第1は牛のもっている遺伝的能力を最大限引き出すこと,第2は健康な牛をつくること,第3は管理しやすい牛をつくること,第4は低コストで省力的な育成。

 そうした目標に向けて今回の追録では,「牛を健康に育て,乳牛1頭当たりの年間生産量を最大にする」立場から,「舎飼い」による育成法と,「放牧」による育成法の両面で迫ってみた。

〈育成への新しい挑戦〉

☆経営の足をひっぱる3つの要因

 現在の酪農家の牛群構成をみると,初産牛が3割を超えている。それだけ初産牛にかかわる問題が現われやすく,育成時期の飼い方が経営を左右することになるわけである。

 大坂郁夫氏(北海道立畜産試験場,第2巻乳牛-(1)「育成期の飼養管理 4か月齢~初産分娩」)は,酪農経営の足を引っ張るものとして,(1)初産分娩月齢の遅延,(2)初産次の低乳量,(3)初産分娩時の高難産率の3つをあげている。

 この課題を同時に解決する育成法こそ,現代の「育成」に求められている。

☆「増体を大きくすると乳が出ない」不安を払拭する育成技術

 分娩月齢を早めるための技術の一つは早期離乳技術開発である。育成の基本は,いかに大きな胃袋をつくるかにあるが,その基礎をつくるのが離乳までの胃袋つくりである。そのためにはできるだけ早期に離乳して乾草などの粗飼料を食い込ませるかがカギを握っている。

 一般に1日2回哺乳による2~3か月離乳が行なわれているが,早期離乳技術として,田中和宏氏(鹿児島県畜産課)に3週齢離乳を紹介していただいた(表参照,第2巻乳牛-(1)「早期離乳技術」)。生後7日目頃からアルファルファヘイキューブをバケツで与え始める方法である。その結果,子牛の胃の重量容積も,従来の8週齢離乳を上回り,哺育にかかる作業時間が大幅に短縮され,しかも代用乳の摂取が減る。飼料コストは2割節減できたという。

 離乳後の飼養管理について大坂氏(前出)は,これまで,日増体量を高くすると乳が出ないと言われてきたことに対して,「日増体量が問題だったのではなく,エネルギー源となる濃厚飼料が多給され,骨や筋肉が急激に成長する時期に必要な蛋白質が不足していたからで,エネルギー過剰によって太りすぎていたためだ」と,新しい育成の栄養管理について提起している。

 16~17%の蛋白質含量で適正なエネルギーが与えられていれば,太りすぎることなく日増体量1kg程度までは可能だという。そうなれば,初産の分娩月齢はさらに短縮できる。

〈コスト低減! 個性的育成法〉

 これまでの育成飼料の観念を覆すさまざまな試みが生まれている(第2巻乳牛(1)「飼料体系別育成法」)。

☆乾草だけが育成粗飼料ではない

 道立根釧農試で行なわれたサイレージ利用による育成法を糟谷広高氏に。従来,育成期の粗飼料としては「良質乾草」が奨励されてきた。牧草サイレージや生草では胃の発達によくないとか,いわゆる“腹ぼて”と呼ばれる体型の崩れを引き起こすというのがその理由である。しかし,育成粗飼料として牧草サイレージとトウモロコシサイレージを食べさせた結果は,4~14か月齢の日増体量0.91kg,体重はもちろん骨格の発達もよく,懸念された胃の発達不全や腹ぼても見られてはいない。初産乳量は乾草区を200kg上回り,育成期飼料費は1頭あたり2万6,000円節減(表参照)。

☆モルトかすなど未利用資源利用の育成

 地域から出る,豆腐かす,ビールかす,モルトかすなどのかす類と稲わらなどを混合飼料(TMR)にして育成飼料に利用する方法を,山形県農業研究研修センターの石黒明裕氏に。従来の飼料と遜色ない成育を示し,1頭当たり6万円の飼料費節減。混合飼料(TMR)に調製する経費の問題はあるが,一定規模(成牛24頭程度)以上の経営では施設費・労働費を加えてもメリットがある。

☆安い粗飼料による21か月分娩スーパー育成

 話題の「スーパー育成」を野中敏道氏(熊本県阿蘇地域振興局)に紹介していただいた。21か月分娩によって,40万円以上かかっていた育成経費を3割削減。1頭当たり28万5,000円で後継牛を育成できれば自家育成が絶対有利だし,今後のHCCPなどの衛生対策のことを考えると,さらに重要な意味をもってくる。初期育成の促進のための「8l/4週間哺乳」,乾物摂取量の増加をねらった「TMR育成」,低コスト蛋白質多給のための「ルーサンペレット利用」によってそれを可能にした早期育成技術。21か月分娩が定着すれば更新牛の保有数も減らすことができる。50頭規模の場合で考えると,年間8頭の育成牛が不要となり,それだけで約200万円の経費が節減できる。おまけに必要な保有場所などの施設も不要になり,トータルの削減効果はさらに大きくなる。

〈高能力牛を飼いこなすための人間並みの定期検診「代謝プロファイルテスト」〉

 乳を出したい牛に,健康を維持しながらきちんと乳を出してもらうためにできたのが「代謝プロファイルテストによる栄養診断」である。獣医の間で話題になっている診断法で,岡田啓司氏(岩手大学)にその手法を紹介していただいた(第2巻乳牛-(1)「代謝プロファイルテストによる栄養診断」)。

 この方法は牛の血液を分析することによって健康状態を明らかにし,飼料給与状況などと合わせて今後の飼料給与などの対策を立てる。検査の時点で健康に乳を出していると思っていても,数か月先にはどうなるかわからない牛も多いという。

 実例として,代謝プロファイルテストと飼料給与診断によって乾乳期の飼料給与を変え,現在では経産牛平均9,340kg,乳脂率4.02%,平均体細胞数13.7万個という素晴らしい成績を続けておられる岩手県の酪農家加藤一夫氏(成牛70頭)を紹介している(第2巻乳牛-(2))。

〈第5巻「採卵鶏」の内容を一新〉

 鶏では第5巻採卵鶏の「鶏種・銘柄の特性」の項を一新した。40年におよぶ京都府畜産試験場の研究の成果をもとに,村上司氏に高能力化した現在の鶏の特性,その傾向と飼い方についてまとめていただいた。これだけ詳細な資料は追随をゆるさない。

 また,賞味期限の表示などで話題を呼んでいる「鶏卵の品質と取扱い」について新しく項目を設け,山上善久氏(埼玉県農林総合研究センター)に,消費者からよく出る質問を入り口にしながら,卵の品質変化の仕組み,品質評価などを報告していただいた。直売を取り入れている養鶏家が多くなっているなかで,消費者との信頼関係を築く重要な情報が込められている。

 このほか,「病気と技術対策」の項も一新し,「サルモネラ菌対策を中心とした衛生管理」や「採卵鶏の病気とワクチネーションの考え方」「採卵鶏の呼吸器病」を,最新のデータに基づき全面改訂。また,1997年の飼養標準改訂の活用について,全面的に改訂を行なっている。

 「実際家の技術と経営」では,ちょっと毛色の変わった「パオ鶏舎」による移動可能な飼育方法と,鶏卵や肉の加工も取り入れた,地鶏販売戦略を紹介している(第5巻「パオ鶏舎」)。平飼いで問題になるコクシジウムの発生も回避できる。荒れた土地を利用した小規模平飼いを地元に根付かせていくうえでは,貴重な情報源である。

〈環境保全型畜産に向けて〉

 今追録で,農業環境三法ほか関連する法律について,農林水産省の川島俊郎氏に改訂してもらった(第8巻環境対策「関係法規・公的対策事業」)。1999年11月に施行された「家畜排せつ物の適正な管理と地用の促進を図る法律」については,補助事業,リース事業,融資などの制度があり,詳細にまとめられている。ぜひご一読いただきたい。

 食肉加工も取り込んだ養豚経営の「湘南ぴゅあ」では,独自の深床式豚舎構造と,微生物とミネラルを活用した食肉加工場から出る廃水処理装置がユニークだ(第8巻環境対策「事例編」)。食肉加工を取り入れてみたいという畜産農家,食品加工を手がけたいという方は必見だ。

 環境保全という点からは山地放牧なども重要である。放牧畜産の場合に問題になるのが牧柵の整備や,散らばった家畜を集める手間,また放牧地となる山まで家畜たちを運ぶ手間である。欠かせないのが家畜たちの学習と訓練で,飼い主と家畜たちの信頼関係ができているか否かでかかる労力が何倍も違う。第3巻「育成期の管理技術」の学習と調教技術を,新しい知見を加えて改訂した。荒れた山への林間放牧に取り組んでみたいという方には大いに役立つ。

 また,荒廃しつつある桑園への繁殖牛の周年放牧として,福島県船引町の面川肇さんの経営を紹介(第3巻肉牛「実際家の技術と経営」)。

〈口蹄疫騒動に何を学ぶか〉

 最後に,70年ぶりに発生し,日本の畜産を震撼させた口蹄疫についてぜひお伝えしておきたい。

 一部の報道に見られた風評的な情報への対応も含めて,宮崎県,北海道の畜産農家の方々は,6月に終息宣言が発表されるまで3か月間はほんとうに大変だったろうと思う。畜産農家の方々の断腸の思いでの決断と,畜産関係者の方々の迅速な対応が日本の畜産を守ったのだと感謝したい。

☆口蹄疫という病気

 口蹄疫は,その名前が示すとおり,口と蹄を中心に水疱状の病変ができ,同時に発熱と食欲不振,乳量の激減といった症状を現わす。原因となる菌は,伝染力がきわめて強いウイルスで,わが国でも法定伝染病に指定されている。今回の追録で,照井信一氏(日本全薬工業・株)に口蹄疫に関する最新の情報をもとに,その恐ろしさと現状で考えられる対策を洗い出していただいた(第8巻環境対策「口蹄疫とその対応」)。

 今回の口蹄疫だが,それまで知られていた症状とは一見異なっていたことが,初期診断を困難にした。症状は風邪のようなもので,鼻腔内にびらんなどは認められたものの,ものの本にある口と蹄の水疱状の典型症状は見られなかったからだ。

☆稲わら,麦わら輸入のなかで

 粗飼料や敷わら,乾草など,口蹄疫発生源として疑われた資材が大量に輸入されている現実がある。しかも過去70年以上も発生のなかった台湾で豚を中心とする口蹄疫の大発生(1997年),1998年からは中国本土で豚と牛の口蹄疫が次々と発生し,1999年には再び台湾での発生と,わが国の周辺諸国で発生が相次いでいる。どこからウイルスが入ってきてもおかしくない現実のなかで,私たちはどう対処すればいいのか? 

 今回の追録では,水田転作として飼料作物(ソルガム)の小型ラップサイレージ体系による飼料自給に取り組んでいる愛知県の酪農家,城戸安博氏(成牛51頭)も紹介している。

 国産稲わらの利用促進に関する「自給飼料増産総合対策事業」(17億3,700万円),「飼料増産受託システム確立対策事業」(6億600万円),「国産粗飼料増産緊急対策事業」(20億400万円)も走っており,農業環境三法による持続的農業の確立と合わせて,新しい畜産の形が求められている。