口絵

<本草・救荒>総合解題 本草学の伝播・受容・活用——暮らしの側から見た本草学と救荒書——

本草学は医と食に関する総合学として性格づけられる必要があり、その本草学を原動力として救荒書が生まれた。人々の暮らしの接点で本草学の成果がどのように活用され、どのような影響を与えたか、その足跡を辿る。(翻刻・現代語訳 江藤彰彦)

備荒草木図<びこうそうもくず>

一関藩の藩医・建部清庵は,領内の大飢饉に遭遇し,『民間備荒録』を出版した。本書はその付録的性格をもち,文字を読めない庶民にも一見してわかるように編まれた図集で,救荒植物を中心に104種を採録している。

農家心得草<のうかこころえぐさ>

忘れたころにやってくる飢饉への備え。米の備蓄が実際的でなかった当時,まず麦の増収法と収穫した麦の運用を含めた備蓄法を説く。さらに,飢饉のときに誤って有毒植物を食べないように,有毒植物図を掲載する。

薬草木作植書付<やくそうぼくつくりうえかきつけ>

幕府の旗本が薬種の国内自給を提言した文書。薬種の生産を増やす2つの方策,栽培法とその収支計算,確保すべき薬種など,薬種行政に関して具体的に提案する。享保期(1716〜35)以来の医療の充実,薬種の国産化の政策を継承・発展させるもの。

農家用心集(下野)<のうかようじんしゅう>

下野国日光領大室村の名主が書いた特異な救荒書。自身が体験した天保の飢饉を教訓に,農家に凶作・飢饉への警戒を呼びかける。同時に,幕末の政治的混乱期に在村指導者として地域社会の秩序維持に心をくだくさまを述べる。彫刻。稲作の主要な場面である馬耕,代かき,田植え,草取り,稲刈り,運搬,脱穀・調製,蔵入れが透かし彫りにされている。